愛する神の家族のあなたへ、主の平和🕊️
週末です。今週も神様の御助けと御恵みの故に、ここまで守られました。すべてが主に感謝です。本日は次の御言葉をもって、神の家族のあなたとあなたの日本とアメリカのご家族の皆様のことを覚えて祈りました。
“これを聞いて、イエスは驚かれ、ついて来ていた群衆のほうに向いて言われた。「あなたがたに言いますが、このようなりっぱな信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません。」使いに来た人たちが家に帰ってみると、しもべはよくなっていた。”(歴代誌下32:1~4)
イエス様の時代のイスラエルはローマの植民地支配の下にありました。故に、イスラエルのあちこちにローマの軍隊の駐屯地がありました。
その中に、とある百人隊長(ひゃくにんたいちょう・ケントゥリオ)がいて、彼に重んじられているひとりのしもべが病気で死にかけていました。その百人隊長はイエス様のことを聞き、みもとにユダヤ人の長老たちを送って、自分のしもべを助けに来てくださるようお願いしました。
”百人隊長”とは、古代ローマ軍をはじめとする歴史上の多くの軍隊において、約100人の兵士から成る部隊を率いた指揮官のことです。
今の軍隊の階級で言うと、大尉 〜 少尉(約80〜100人の兵士を率いる中隊長クラス)から、さらに上位の百人隊長(ピルス・プリオルなど)なら、少佐 〜 中佐(複数の百人隊や大隊の上級指揮官)レベルまでの指揮官です。
面白いのは、イエス様のみもとに、この百人隊長の代わりに頼み事をお願いするために来たユダヤ人の長老たちの様子です。聖書は彼らのことを次のように紹介しています。
”イエス様のみもとに来たその人たちは、熱心にお願いして言った。「この人は、あなたにそうしていただく資格のある人です。この人は、(異邦人のローマの兵隊さんなのに)私たちイスラエルの国民を愛し、私たちのために会堂も建ててくれた人です。”
ユダヤ人の長老たちのこのような必死の頼みが通じたのか、イエス様は、彼らといっしょにこの百人隊長に会いに行かれます。そして、百人隊長の家からあまり遠くない所に来られたとき、百人隊長は友人たちを使いに出して、イエスに次のように伝えます。
”主よ。わざわざここまでおいでくださいませんように。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ですから、私のほうから伺うことさえ失礼と存じました。ただ、おことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。”
”と申しますのは、私も国の権威の下にある者ですが、私の下にも兵士たちがいまして、そのひとりに『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをせよ』と言えば、そのとおりにいたします。”
百人隊長からのこのような伝言を聞いて驚かれたイエス様が、ついて来ていた群衆のほうに向いて言われたことばが本日の本文です。つまり、”あなたがたに言いますが、このようなりっぱな信仰は、イスラエル人の誰の中にも見たことがありません。”がそれです。
そして、イエス様はそのまま泊り先に戻られ、使いに来た人たちが家に帰ってみると、しもべはもうすでによくなっていたとのことです。
異邦人、しかもイスラエルを侵略して支配に来ている占領軍の指揮官が、地元のユダヤ人長老たちに信頼され、イエス様に、”この人は、あなたにそうしていただく資格のある人です。”
”この人は、私たちの国民を愛し、私たちのために会堂をも建ててくれた人です。“と言われたのは、この百人隊長の日頃の日常生活の中での彼の人格、人柄、人間性…等がどれほど素晴らしかったのかが分かるような根拠となります。
しかし、彼はそう言う人格、人柄、人間性のみならず、イエス様が驚かれ、「このような”立派な信仰”は、イスラエル人の中にも見たことがありません。」と言われるほど、イエス様に対する信頼も素晴らしかったです。
つまり、聖書の言う”信仰”、キリスト教会の言う"信仰”と言う言葉のより分かり易い表現=類語は、イエス様の権威に対する姿勢・態度です。
イエス様を知る以前からの自分のいろいろな好み、拘り、固執(の3”こ”セット)…通り、自分サイズ、自分レベルの生き方で、自分の期待しているタイミングに、自分のイメージした形での展開でなければ満足できない態度・姿勢は、聖書の言う”信仰”、キリスト教会の言う"信仰”の反対語です。
まるで、とても買えない、ものすごく高い値段のおもちゃを欲しがっていたある子が、その色、そのラッピングペーパー、リボンの形…等が自分の予想と、イメージと少しだけ違ったと言うことで、
ギャーギャーと泣いてこんなものいやだ~、ママはわたしのことをちっとも大事にしてくれない~、パパはわたしを愛してくれない~と駄駄を捏ねて、意地を張るようなものです。
神様の御前でも同じことをする人々が、クリスチャン、ノンクリスチャンを問わずに多くにいます。
自分のこだわり、このみ、固執(の3”こ”セット)が通らないと、神様はわたしなんかちっとも大事にしてくれない~、神様はわたしなんかをちっとも愛してくれない~と駄駄を捏ねて、意地を張るそう言う醜い大人がこの世には意外と多くにいます。
しかし、こう言う人々の多いこの世の中には、本日の本文の異邦人・外人の侵略者・占領軍のこの百人隊長のように、イエス様のおことばの権威に対する無限信頼と従順の態度と姿勢で、イエス様を驚かせる、感動させる、喜ばせる…そう言う人々もいます。
今のこの時代の、この地域におけるイエス様の夢のまさにその教会を目指しているJCGの神の家族のあなたが、わたしが、まさにそのような一人であってほしいとこころから切に願います。
明日の朝の日曜日の礼拝を持って始まります、愛する神の家族のあなたの新しい一週間が、この異邦人の百人隊長のように、
イエス様のおことばの権威を認め、信頼し、主が仰ったならば必ずその通りになると言う立派な信仰を持って、インマヌエルの神様とともに歩む最高の毎日となりますように、すべてに勝るイエス様の素晴らしいお名前によって、祝福致します。
ハレルヤ、そのインマヌエルの主とともに進んで行きましょう。ハレルヤ、すべてに勝る素晴らしい主の御名によって、アーメン。


